それまでそこではフクロウの啼き声を聞いたことが無かった気がする。
いや、あったかも知れないが、記憶の中には無い。
が、その日から何日か、その近所で聞えたのは。
その前、前日夕刻から降り始めた雪が朝には辺りを覆っていた。
兄と夜通し呑みながら語り合ったのは初めてだったか。
兄、自分、弟。
兄弟と謂えども、それぞれに感じ方に違いがあるのは仕方が無い。
それでも少しは寝ようか、と午前5時に布団に潜り込み、
携帯のアラームをセットした。
が、うっかりマナーモードにしたままだった。
普段ならマナーモードでも振動で気付くのだけれど、
その時ばかりは気付かず、部屋に入ってきた係員に起こされた。
「なんで起こしてくれないんだよ…」
と、横になったままの親父に対して心の中で悪態をつく。
雪の朝、静かに東和田を出発。
マイクロバスに巻きつけられたチェーンがガチャンガチャンとタイヤハウスを叩いた。
18号線古牧交差点前の細い路地へ向けて右折、
そこから平林街道に抜けて西進、
グランドシネマズを過ぎて信大教育学部前を左折。
信大教育学部を通ったのは業者にとってはいつものルートかも知れないが、
親父にとっては想いがあるはず。
善光寺脇を通って七曲。
この道、親父も乗せてよく走った。
静かなバスの中、上に行くに従って積雪は増える。
やがて旧バードラインとぶつかり、
観光地へ向かうなら左折のところを右折。
暫くのつづら折りを走って大峰山に。
以前、我が胎児がいなくなった時も特別に許可をもらって来たことがあったが、
それ以来。
棺が納められて行く。
それで最後だ。
待合室で待たされる。
時同じくして居た別の一族は静かに時を過ごしていた。
こちらは平常を装っている様な。
やがて呼ばれて。
僕の想像では、骨そのものはそんなには残っていないと思っていた。
けれど、意外に多くの骨が焼き残っていた。
その骨を箱に納めて。
人の魂は生き続けるかも知れないが、
人の身体はいつかは滅びる。
その日から数日の夜。
実家付近に、珍しくフクロウが啼いていた。
第一歩 (2012-04-09 21:59)
野球教室 (2011-11-25 23:46)
卒団式 (2011-11-22 22:36)
この記事のコメント
お父様のご冥福を心よりお祈り致します。
私も先日、母を亡くしました。親を送る日は、いつか必ず来るのでしょうが、後悔ばかりが募ります…
私も二十余年ぶりに妹と飲みましたよ。
二週間過ぎて
あー、本当にいなくなっちゃったんだな、と…
私はムスメのお別れの言葉で号泣しちゃいました…
Posted by たぬきママ at 2012年03月17日 22:49
そうだったんですね…
ご冥福をお祈り致します。
時間と共に悲しみや色々な想いがじわりと来るんですよね。
ふくろうのなき声は不思議な音です…
Posted by ゆたか at 2012年03月18日 06:41
お父さまの最期を見送られたのね。
その日の朝、
zukyさんがアラームの振動に気づかずに寝過ごしたのは
息子たち兄弟をゆっくり休ませてあげたいとの親心と
家族との別れを惜しむ、
お父さまの最期の思いやりや願いだったのではないかしら・・。
この世でたったひとり、父と呼べる大事なお父さまを
これからも供養してさしあげてね。
ご冥福をお祈りいたします。
Posted by
ふくふく
. at 2012年03月18日 10:11
この間、練習試合でお会いしたときには、全く知りませんでした。
お父様のご冥福をお祈り致します。
kaz-p
Posted by うるうる at 2012年03月21日 07:57
大切なご家族が亡くなられてお寂しくなりましたね。
お父様のご冥福をお祈りいたします。
Posted by じょん

at 2012年03月22日 17:33
たぬきママさん:
有難うございます。
父は一月下旬に緊急入院し、
そろそろ転院か、
という時期の未明に息を引き取りました。
その前日の曜日の夜はいつもなら、
長男の練習を迎えに行き、
帰りがてらに二人で病室を覘いていたものでした。
が、その日は練習終了予定が遅かったので、
長男を迎えに行く前に一人で病室に行きました。
今となっては、やっぱり練習後に長男と行けば良かった、
と思っています。
そして葬儀の日。
孫を代表した甥の「おじいちゃんへ…」の弔辞には、
僕もグッときましたヨ。。。
ゆたかさん:
有難うございます。
いろいろな想いが僕にも浮かんできます。
ふくろうはどこに居着いたのか、
場所を変えては啼き声が聞こえてきます。
長野市北部の丘の上の実家の夜は静かで、
その中に聞こえてくる啼き声に余計、静けさを感じます。
ふくふくさん:
有難うございます。
生前の(その時は眠っていた)親父を見たのも僕が最後だったことになります。
その日の朝、どうせなら起き続ければ良かったものを、
少しでも寝ておこう、と布団に潜ったのは、
兄弟の最後の親父に対する甘えだったかも知れません。
その昔に中学野球部の監督経験があった親父でなければ、
僕ら兄弟が野球を好きになることはなかったろうし、
僕が野球を好きでなかったら、
長男も野球をやっていなかったと思います。
亡父が草場の蔭でにんまりできるように、
長男を育てたいものです。
うるうるさん:
有難うございます。
それと、練習試合、有難うございました。
僕としてはグランドが別だったので、
kazのプレイが見られなかったのがとっても残念です…。
じょんさん:
有難うございます。
人はいつかは居なくなるものだ、
ということが実感できたのですが、
今はそれよりも。
決して、もの凄く仲が良かった、
という両親ではなかったのですが、
年老いた母親の方が心配です。
Posted by
zuky
. at 2012年03月25日 20:40
この度はまことにご愁傷様でした。
謹んでお悔やみ申し上げます。
ブログ再開、お父様の逝去、そして転勤ですか・・・
本当に色々重なりましたね。
不謹慎な言い方に聞こえてしまうかもしれませんが、このzukyさんの記事がまるで一節の詩のようで、ものすごく胸に響きました。
Posted by
まつおか
. at 2012年03月26日 09:23
大変ご無沙汰しております。
お父様のご逝去,お悔やみ申し上げます。
自分の場合,両輪が東京で弟と暮らしているので,普段はほとんど気にもしていないのですが,いつかそういう日が自分にも来るのだなあと考えると,とても寂しい気がします。もう少し電話くらいしておこうかなあ,なんて思いました。
ところで,zukyさんも異動ですか。実は自分も4月から神戸へ異動です。妻と何とか志望校に受かった娘は長野に残りますが,息子は東京で浪人生活になりました。初めての一人暮らしを暗い気持ちで迎えているらしいので,励ましに行ってやろうかなあ,などと考えています(昨日から職場の荷造りを始めて,運送屋が来る明日の昼までに段ボール100箱分の荷物を詰め込まなくてはいけないので,それが終わってから,ですが)。
それにしても東京から審判をしに戻ってくるのは大変でしょうね。いい結果が出てくれるといいですね。
Posted by
元部長. at 2012年03月27日 09:14
まつおかさん:
有難うございます。
本当にいろいろ重なってます。
このタイミングで転勤ってのは、ちょっとコタエてます。
だいたい、シニアは2年生保護者が頑張んなきゃなんないのに(そっちかッ!)。
そう言えば、社宅扱いのアパート探し。
人事に任せてしまったのですが、
まつおかさんに訊いてみる手があったかも知れない、
少なくともアドバイスは貰えたはずだ、なんて!
そう言えば。
フクロウ、今晩も啼いているのかなぁ。
元部長さん:
有難うございます。
本当に御無沙汰ですネ!
たまにはお行き会いしたいものです。
(ボクのバカさ加減が移らない程度に…)
で、人(動物)はいつかは居なくなるんですよね。
(“魂”をspiritとするかheartとするかですけれど、ネ)
僕自信、もっと伝えるべきことは伝えておくべきだった、と思いましたし、
死後に密かに手にした親父の日記には重いものを感じました。
minさん、電話でも充分ですヨ!
できるだけしてみて下さい。
(ただでさえお忙しいそうですが)
で。
娘さん、おめでとうございます。
もう数年、会っていないのですが、
彼女の伸びやかさが懐かしいです。
息子さんは辛いでしょう。
けれど、必ず良い人生経験になるので、
頑張ってもらいたいと思います。
そして、minさんは殊更に実力発揮ですね。
おめでとうございます!
それにしても今年度は、minさん、sioさん、僕。
動きますね~。
えっと、審判員。
そうなんですよね、“その為”に帰って来るのもタイヘンですよ~。
人数配分から考えると公式戦への出番は1大会のみで済むと思うのですが。
なんで僕が登録されたか解らないので、不安でなりません。
さて。
東京にご帰郷の際は、
息子さん、ご両親、ご学友にお会いのついでにお声掛け下さいませ。
<(_ _)>
Posted by
zuky
. at 2012年04月01日 22:46
コメントを書く