第一歩


ケータイは打ち辛い…と嘆きつつ。

4/8。
松本西さんを招いて練習試合。

この日、球審に入ったボクは今まで以上にボロボロ。


ま、ボクの事はさて置いて、長男。

何故だか1&2年戦の3試合、全てに出場。
そのうちの2試合目と3試合目はコンバートされたポジションでの出場。
新たな一歩目。
励みにして大きくなって貰いたい。

それはともかく。
この日は少なくとも午前中には帰って、荷造りしたかったが。
結局、一日中、グラウンドに居てしまった。
大丈夫か?オレ…。


んで。
4/9。
一旦、本社出勤。

前任者の事務処理の後、挨拶周り。
東京での一歩目なワケ。


あー、それにしても。
当面はPCを持って行かないし。

メールとか。
溜まり溜まるな…。  


Posted by zuky. at 2012年04月09日21:59

別れ

それまでそこではフクロウの啼き声を聞いたことが無かった気がする。
いや、あったかも知れないが、記憶の中には無い。
が、その日から何日か、その近所で聞えたのは。

その前、前日夕刻から降り始めた雪が朝には辺りを覆っていた。
兄と夜通し呑みながら語り合ったのは初めてだったか。
兄、自分、弟。
兄弟と謂えども、それぞれに感じ方に違いがあるのは仕方が無い。

それでも少しは寝ようか、と午前5時に布団に潜り込み、
携帯のアラームをセットした。
が、うっかりマナーモードにしたままだった。
普段ならマナーモードでも振動で気付くのだけれど、
その時ばかりは気付かず、部屋に入ってきた係員に起こされた。
「なんで起こしてくれないんだよ…」
と、横になったままの親父に対して心の中で悪態をつく。

雪の朝、静かに東和田を出発。
マイクロバスに巻きつけられたチェーンがガチャンガチャンとタイヤハウスを叩いた。
18号線古牧交差点前の細い路地へ向けて右折、
そこから平林街道に抜けて西進、
グランドシネマズを過ぎて信大教育学部前を左折。
信大教育学部を通ったのは業者にとってはいつものルートかも知れないが、
親父にとっては想いがあるはず。
善光寺脇を通って七曲。
この道、親父も乗せてよく走った。
静かなバスの中、上に行くに従って積雪は増える。
やがて旧バードラインとぶつかり、
観光地へ向かうなら左折のところを右折。
暫くのつづら折りを走って大峰山に。
以前、我が胎児がいなくなった時も特別に許可をもらって来たことがあったが、
それ以来。

棺が納められて行く。
それで最後だ。

待合室で待たされる。
時同じくして居た別の一族は静かに時を過ごしていた。
こちらは平常を装っている様な。

やがて呼ばれて。
僕の想像では、骨そのものはそんなには残っていないと思っていた。
けれど、意外に多くの骨が焼き残っていた。
その骨を箱に納めて。

人の魂は生き続けるかも知れないが、
人の身体はいつかは滅びる。

その日から数日の夜。
実家付近に、珍しくフクロウが啼いていた。  


Posted by zuky. at 2012年03月17日21:55

野球教室

毎年、11/23にはB&Gグランドで少年野球向けの野球教室が開かれている(らしかった)。
“らしかった”というのは昨年まで知らなかったし、
その昨年も参加できなかったから。


んで、保護者(必然的に選手たちも)は開始の1時間前に集合。
お母さんたちは昼に提供する豚汁の準備。
お父さんたちは会場準備だったり、焚火の準備だったり、駐車場係だったり。
そうこうしているうちに中野、山ノ内、長野などから20チーム弱の少年野球の選手たちが集まりだした。

さてと。
記録係に片足を突っ込んでいる(はず)のボクとしては。
いろいろ撮らなきゃあ!
が。
あ~っ!しまったぁっ!デジカメ忘れたぁっ!
仕方なく、事務局で今日の進行係のFurさんにカメラ借りつつ…。
なので、自分の手許にある画像は携帯で撮った数画のみ。
やれやれ。


やがて、講師となる信越クラブの選手たち7名が会場に着いた。

教室の始まり。


ランニング、アップ、キャッチボール。
ジャンプしてからのダッシュだとか、各チームでもやっていそうなことの反復。
但し、もっとしっかりジャンプしよう、だとかの注意が挙げられていたようだ。

次に2か所に分かれて守備練と走塁練。
走塁練では一塁の駆け抜けで渋スカイキングの選手たちが、
しっかり教えられている、と褒められていた。
また、無死、あるいは一死二塁での離塁と二死二塁での離塁は違うとか。
ふむふむ、確かに。
少年野球時代にこういうことも、もっときっちり教えてあげられれば良かったな。

この後、希望ポジション別(投手、捕手、内野手、外野手)に分かれてのティーチング。
少年たちはそれぞれの場所で基本的な動きとか助言とかをもらっていた。
ちなみにシニアの選手たちも午前中は少しティーチングの輪の中に入っていたけれど、
主だっては講師のサポート役。
これはこれで、きっとイイ勉強になったに違いない。

ここまでは小学生たちは軟球を使っての教室。

で、この間、僕ら保護者はそれぞれの役目に就いていた。
ちなみにボクは記録係兼、火の見張り番。
焚火は一塁から右翼にかけてのフェンス際に5ヶ所くらいに設けられていた。
そしてそのフェンス際には各チームの指導者や保護者の方々が大勢いらした。
本当は焚火に火をくべたりするのは僕らの役目だったのだけれど、
焚火近くの指導者などの方々が自主的に火を看ていて下さり、
ボクなんかは薪を一輪車に積んで運んで行くのがせいぜいだった。

午前中、最後のメニューはシニアの連中に対して監督のMC付きの内野ノック。
(来年は監督にピンマイクつけてもらおっかなぁ!)
一応、模範演技っつことだったらしい。

そしてお昼休憩。
あ~、画像に収めてはあるのだけど、それはFurさんのデジカメの中…。

午後からは打撃編。
ゲージを出して、バッティングマシーンを出して。
いよいよ硬球での打撃練習。
6年生はフリーバッティング。
5年生以下は信越クラブの講師の方々のトスアップによるティーバッティング。
その前に。
まずは信越クラブ2選手によるデモ打撃。
糸を引くような打球が何本も飛び、
両翼106mのグランドでフェンス越えもあった。
少年たちから歓声、喝采が挙がる。
次にシニアから2年生3人、1年生2人がデモ打撃。
seiがフェンス越えを狙ったが、惜しかったね~。
やはり鋭い当りを飛ばしていたtelは打撃の後に。
「なんでウチのチーム(彼の出身チーム)は来ないの!?」
ザンネン!
で。
マシーンを使った6年生のフリー。
最初は「痛ぇ~!」なんて言っていた選手たち。
終る頃にはかなり慣れてきて、
みんな好い当りを飛ばすようになった。
こんなにたっぷりと硬球を打つことができたのだから、
それだけでも参加してヨカッタんじゃないかなぁ。

そんな一日が終わった。
昨年は雨に祟られたらしい。
一昨年も気温が低かったとか。
今年は天気にも恵まれ、一層にいい教室になったと思う。
こんな教室があったのなら、少年野球チーム時代に是非とも参加しておきたかった。  


Posted by zuky. at 2011年11月25日23:46

卒団式

11/19(土) 夕刻
卒団式。


んと。
何なの?
待機中の一年生たち…。



やがて。
卒団生入場。


会長、理事長、監督からの言葉や卒団証書授与。

送辞、答辞などが厳かに行われた。




式典第二部、乾杯で始まる。


二年生の余興など。


そしてsioさんの作成によるスライドとDVDの上映。
監督、コーチ陣及びkohさんの“過去”までは騒がしかった会場もやがて静かになり、
みんな映像を喰いいるように観ていた。



そんな式典もクライマックス。
卒団生から親への言葉。




三年生よ。
感動をありがとう。  


Posted by zuky. at 2011年11月22日22:36